勝ったのは亀田興毅だった! [スポーツ(&関連)]
ソネブロの皆様、こんばんわ。
昨晩はほとんどの方が「プロボクシング・WBA世界ライトフライ級王座決定戦」、
つまり亀田興毅の試合を見ていたことでしょう。
横浜アリーナを満杯にした観客もテレビの前の私も、亀田興毅の勝利を信じて疑わなかった。
ところが1回終了間際、左ガードが下がったところに不用意に相手の右フックを浴び、生まれて初めてのダウン。
これで、一気に会場の雰囲気は変わった。
世界ランキング1位で多くの世界選手権経験者の老かいなパンチと戦術に、ただ素直にパンチを繰り出す興毅。
最終2ラウンドには、パンチを浴びて相手にクリンチして時間かせぎ、いや苦し紛れのクリンチ。
終了のゴングが鳴ったとき世界ランキングの怖さを思い知ったのは、いや負けたと思ったのは、
他ならぬ亀田興毅本人だったろう。
これは誰が見ても興毅の「判定負け」。
ところが信じられないことが起こった。
勝ったのは亀田興毅だった!
興毅は言った。
「不細工な試合してスンマセン。親父のボクシングが世界に通用することを証明できて、よかった。親父、ありがとう」
TBSには抗議の電話が殺到したようだが、むしろ開催側のWBAにも問題があるのではなかろうか?
亀田興毅くん、
君はよく頑張ったつもりだろうが、観客には空回りにみえた、
いや少なくとも私には空回りに見えたよ。
でも「判定」の疑義については君には一切関係ない。
君はこの試合を終えて、良い勉強をしたと思う。
次の防衛戦で君の「真価」を問おう。
是非、ノックアウトでタイトルを防衛してください。
とにかくお疲れさま!
名将・宿沢広朗氏のご冥福をお祈りします。 [スポーツ(&関連)]
ラグビーの元日本代表スクラムハーフで、日本代表監督も務めた宿沢広朗氏が昨日17日午後0時53分、
心筋梗塞で急逝されました。なんと55歳の若さでした。
一ラグビーファンとして、ここに深くご冥福をお祈りいたします。
1989年ラグビー日本代表監督に就任した宿沢広朗氏は、
1991年W杯英国大会ではジンバブエを破って日本に初勝利をもたらしました。
この試合をTVで観戦していて「世紀の快挙!」と私は思いました。
ジャパンラグビーはこの後、ワールドカップでは1勝もしていません。
私が愛する学生チームの永遠のライバル・チームの監督もされた方で、丁寧で分かりやすいTV解説者としての印象を思い出します。
宿沢さん、お空の上の国に行きましたら、きっと大先輩の大西さんや北島さんが歓迎なさってくださるでしょう。
そしてラグビー談義はつきないことでしょう。
詳細は、下記yahooニュースをお読みください。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060618-00000015-spn-spo